Research

コンピュテーショナル・イメージング技術の開発と応用〜4D生命科学の実現

生命現象は細胞や分子の三次元的なネットワークの動態から生じます.しかし,共焦点やライトシート顕微鏡などスキャン型3Dイメージングではスキャン間に時間差があるため,異なる深度で同時に起こる神経活動等の現象を捉えることは不可能です.さらに3D像の再構成に時間を要するため,細胞の3D座標や活性の時間情報をもとに標的細胞のみ光遺伝学的に操作するデータ駆動型操作も難しいという問題があります.当研究室では光工学と情報科学が融合したコンピュテーショナル・イメージング技術であるライトフィールド(LF)イメージングの空間分解能の問題を克服し,スキャンレスに1回のカメラ露光で3D空間をサブミクロン分解能撮影する技術を確立しました(PCT/JP2023/042033(特願2022-202566)特願2021-185638).これにより3D空間で同時に起こる全事象をリアルタイムに細胞解像度計測する4Dイメージングを実現しました.さらに,3D情報が符号化された2D画像から3D復元せず細胞や分子の3D座標と強度情報をリアルタイム抽出する画期的技術も確立しました(特願2023-003395)(以上、論文投稿中).

この最新のコンピュテーショナル・イメージング技術をもとに,現在,マウスや線虫C. elegansでBrain-wideな神経活動の4Dイメージング,蛍光ダイヤモンドナノ粒子を用いた量子センシング技術,最新のリアルタイムなシングルセル3Dオプトジェネティクス技術などを開発し,生命科学分野に革新的なパラダイムシフトをもたらすことを目指しています.またJST START事業の支援のもと,本技術の社会実装を目指し,スタートアップ創出を準備しています.

神経回路の機能低下機構の研究

加齢は感覚機能の衰えをもたらします.その理解にはライフコース上で刺激をパラメータとして振り,神経ネットワークの情報処理を系の応答として測るシステム生物学的解析が必要です.本研究では力覚低下機構解明のため,ライフコース上で全脳イメージングを行うため,上記のライトフィールド顕微鏡を活用しています.さらに得られたデータをもとに,入力と応答の相図から伝達関数と力学系を推定し機能低下モデルを示することを目指しています.また同時に,本研究は臨床医学上の重要問題である多くの感覚機能低下を理解する試金石になります.

集団の行動を規定する普遍則の研究

「ランダムに振る舞う素子からいかにマクロな秩序構造が生み出されるのか?」- 熱力学第二法則に抗うように見える自己組織化現象は物理学のみならず生物学の分野においても,魅力的にも関わらずアプローチが困難な問題として古くから議論されてきました.古典的なモルフォゲン等の情報伝達因子の拡散とは異なる自己組織化現象の1つに,鳥や魚の群れや混雑時の人間の流れに代表される,自ら動く素子による秩序形成があります.この分野は近年,アクティブマター物理学と呼ばれ,現象に応じて様々な数理モデルが提案されてきました.代表的なものとして,鳥の群れのような近くの粒子と運動方向を揃える粒子の動きを簡潔に表したVicsekモデル (Vicsek et al. Phys Rev Lett, 1995)が挙げられます.改変されたVicsekモデルによる集団挙動の予言は分子モーターに駆動されてガラス面を走る微小管集団 やバクテリア集団で確認されていますが,アクティブマターの理論から予言された現象が動物集団で見出され,解析された例はほとんどありませんでした.そのような中, 我々は線虫C. elegansが集団行動により自己組織的にネットワーク構造を形成することを発見しました.数値シミュレーションとオプトジェネティクスを含む実験により,この集団行動システムを解析した結果,動物個体集団による秩序形成は局所的に隣接する個体間の配向を揃えるための相互作用と円軌道を描くように動く運動の2つのシンプルな物理的ルールに依存することが示されました(Sugi* et al. Nature Commun, 2019).

この実験系のさらなる解析を進めた結果,驚くべきことに,線虫集団はネットワーク形成後一度大部分の線虫が運動を停止する凝集塊を作ったのち,環境変化に応答して線虫の集団が一斉に同期して動き出し,凝集塊が爆発するかのように崩壊し,その崩壊が近傍の凝集塊の崩壊を誘起することで凝集塊崩壊の伝搬が起こることを見出しました.現在,この凝集塊の爆発伝播におけるシンクロニシティがどのようなメカニズムで起こるのかを調べており,数理モデリングにより,情報伝播による行動の同期現象のメカニズム一般化と物理的ルールの提唱を試みています.また新学術領域研究「ソフトロボット学の創成」の計画研究の1つとして線虫集団の行動をオプトジェネティクスにより光で自在に制御し,マイクロマシン集団を制御するためのアルゴリズムの開発を目指しています